[No.281]毎日がブランニューデイ/忌野清志郎('06)

今朝目覚めて最初のカミさんの一言。「清志郎が死んだ」。「ああ」とため息混じりの声がのどから漏れた。パソコンの画面でニュースを確認した。遅かれ速かれこの日が来ることは予想していたので、思いの外、冷静にこの事実を受け止めることができた。遂に来てしまったか、と。
朝食後、ブログにこの記事を速く書いてしまいたいと思ったが、その前にまず部屋の掃除をした。自分では冷静なつもりでも頭の中に清志郎の様々な映像が勝手に浮かんでくる。ライヴ会場の中の私のすぐ横の通路を駆け抜けてステージに上がっていたこと。お馴染みの布団ショーのおかしさ。 『夏の十字架』のライヴ会場で買ったサイン入りCDと初の握手会で対面した本人、「近くにいい温泉があるのでぜひいらしてください」と言って握手してもらったこと。中学生の頃テレビで放送されたRCのライヴ番組。 「笑っていいとも」のテレフォンショッキングでエレキギターを弾きながら出演したこと(相方が背中にアンプを背負っていた)。 「天才たけしの元気が出るテレビ(懐かしい)」に出て『元気が出る音頭』を歌ったこと。 『君が代』発売中止時には報道番組で特集が組まれ一人ギター弾き語りで歌ったこと。
掃除を終えこうしてパソコンに向かっているわけだが、何をどう書いたらいいものか、指が止まる。
とりあえず、昨日思い立って編集した60年代のファンキーなナンバーを集めたCD-Rを再生してみると、エディー・フロイド「ノック・オン・ウッド」が流れてきた。このバックはMG'sだなあ、と思い清志郎が敬愛し共演までした憧れのサウンドがこれなんだよなあと感慨にふける。そう言えば、このCD-Rを作った後、オーティス・レディングの一番いい録音をまとめて聴いてみようと思いリストを作ってみた。虫の知らせというものがあるならば、あれがそうだったんだ、と勝手に思いこむ。 「オーティスが教えてくれた」という歌まで作っていたほどの清志郎だ。
今はまだ、彼の曲を聴く気にはなれないから、MG'sどまりにしておこう。ちょうど「グリーン・オニオン」も流れてきたし。今うかつに清志郎の曲を聴くと泣いてしまうかも知れないので。
「トランジスタ・ラジオ」「雨上がりの夜空に」かを初めてラジオで聴いて以来、かれこれ30年近く彼の音楽に接してきたわけでそりゃ長いつきあいだ。とにかく毎年のようにアルバムを出し続けツアーも回って、という正に自称’バンドマン’だった。そんな彼がラスト・アルバムとなってしまった『夢助』で発表した「毎日がブランニューデイ」は、これだけのキャリアを積んできても、新鮮で聴く者をはっとさせる、それでいてユーモアも忘れない、という彼らしい曲だ。こんな曲が書けるベテラン・ロッカーの新曲がもう聴けなくなってしまった、と思うと残念で仕方がない。
ところで、この曲を当時久々に共作したチャボ仲井戸麗一は今どんな気持ちでいるのか。それを思うとまた悲しくなる。

夢助
ユニバーサルJ
2006-10-04
忌野清志郎

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誇り高く生きよう久々 ...
待っていたぜ、清志郎 ...
感受性の若さがキラキ ...
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